早川 廣

1948年愛知県生まれ、初めは種苗会社に勤務していたが、30歳代の初めに今のクレマチス専門のナーセリーを起業、育種に専念当初は一般品種を鉢物に育て市場に出荷、その傍ら実生栽培に取り組み多くの優秀な作品を生み出し、およそ10年後には自身の作出品種の鉢物が半数近くを占める様になり、その後も実生の新品種つくりに傾注し、多くの優れた作品を作出してきた。

 

昭和後半以降は日本のクレマチス業界のリーダー的存在の中の一人として、多くの作品を国内外に紹介して、出版物においても栽培技術等を広め活躍された。

 

彼は栽培技術においても挿し木1年苗を翌年に立派な鉢物として仕立て出荷する卓越した技術を持ち合わせている。

 

この記事を書くにあたりお気に入りの品種を3種伺ってみた。

 

今でも海外で人気のある40年前の「面白」、HFヤングの枝替わりで固定化した「フェアリー ブルー」、「マジック フォンテーン」、いずれも今尚人気の品種である。

 

彼は普段から市場では鉢物は葉の茂りも重要で花と葉のバランスが重要だと言っていた。

したがって葉にボリューム感のないものは、出荷が控えられてくる。

しかしマニアにとってはその事は関係が無くて、是が非でも欲しがる品種もたくさんあり、その代表的なのが「淡墨」や「はやて」等である。

 

そんな理由で流通が少ないが優れた品種も多くあり、これらを含めて彼の作品数は国内で突出している。

 

長年に亘り沢山の鉢物の出荷と実生の作出をやっていけたのは、奥様の2人三脚による大きな支えがあったからだと、私的には思っている。

 

奥様は南こうせつの大ファンで、何時もハウスの中でこうせつの歌が流れていた事が思い出される。

 

彼は60歳代の後半には日本クレマチス協会の顧問を引き受け、長年に亘り協力と助言を頂いた。

 

私的には中部地区での東海クレマチスの会の結成と立ち上げ、その後の運営に多大な支援と指導等を頂いた。

 

また私個人に対しは実生栽培のきっかけとなる、考え方、方法について沢山の教授を頂き感謝している。

 

今後について残念な事は彼の後継者が居ない事で、彼の作品や栽培技術に共感する若手の生産者や育種家の方々が上手く継承出来る事になれるように願うばかりである。

写真は早川さんの最新作「陽炎」

 

名前の謂れは親の花炎と奥様の御名前陽子様から付けられたの事でした。

初めて奥様の名前を使ったとのことです。

記:顧問 廣田哲也