廣田 哲也
1947年、大分県大分市生まれ。
(※『NHK出版 クレマチス12か月栽培ナビ』に記載された「愛知県生まれ」は誤り。)
幼少期より動物への愛情が深く、鳥や蝶の飼育をはじめ、猫も大切にしていたという。
クレマチスとの出会いは28歳のころ。兄の家で見た“ザ・プレジデント”の花に魅せられ、その美しさが心に深く刻まれた。
当時は鳥取のマキタ園芸から通信販売で苗を取り寄せ、趣味として栽培を楽しんでいた。
その後、現在の居住地である愛知県豊田市にはクレマチスを多く集めた園芸施設があり、岐阜県の杉本氏による講習会にたびたび参加。さらに、同時期に愛知県安城市で活躍されていた早川氏からも多くのご指導を受け、これが実生栽培を始める契機となった。
43歳のころには、早川氏の協力のもと「東海クレマチスの会」を設立し、会長として会を幾度も牽引。地域におけるクレマチスの普及と愛好者の交流の発展に尽力された。
仕事の関係で、南アフリカへの約5か月の出張や、兵庫県尼崎本社への約2年間の単身赴任を経験しながらも、植物への情熱を絶やすことはなかった。
1987年(約40歳)から本格的に実生育種を開始し、1990年代には「紅華」「大流」「八橋」「業平」「福園」など多くの作品を発表。
定年延長後の56歳以降は勤務が週3日となり、より多くの時間をクレマチス育種に注ぐようになった。
しかし62歳以降はたびたびの大病により入退院を繰り返し、活動の制約を受けながらも、「千の風」「水面の妖精」など印象的な作品を発表し続けた。
その後は、“しべ咲”と呼ばれる独自の花型に新たな展開を見出し、「水面の妖精」から「咲良の妖精」「妖精の宴」「大樹」「喝采」へと続く流れを築いた。
現在は体力に不安を抱えながらも、静かに花づくりの時間を楽しみ、長年の経験を通じて培った育種の哲学を後進へと伝えている。
廣田氏のクレマチスに注がれる情熱は、後進の者にとって常に学びであり、深い尊敬の念を抱かせるものです。
この情熱こそが、美しいクレマチスを次々と生み出す原動力となっていると感じております。
記:事務局 中西 万里子




















